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The Big Interview: Gerard Butler
ジェラルド・バトラーは興奮している。しかしそれは彼が最新観光名所のアトラクションに乗るために、ロンドンアイに今から行こうとしているから、なんていう理由ではない。
アドレナリンの分泌される理由は、29歳のスコットランド俳優の夢が今にも叶いそうになっているからなのだ。
彼は映画『タイムライン』にキャスティングされたばかり。そしてそれは彼をスターダムにのし上げることになるだろう映画なのだ。
このタイムトラベル映画は誰もが知る制作者たちの手によるものである。
というのも、この作品はマイケル・クライトンによるベストセラー小説の映画化である上、監督はあの『リーサル・ウェポン』シリーズのリチャード・ドナーが
務めることになっているのだ。
かつてピアース・ブロスナンに彼こそが次のジェームス・ボンド役に
適任なのではないかとまで言わせ、そんなブロスナンに代わる
次のジェームズ・ボンドとウワサされたこのスコット
(訳注:スコットランド人の愛称)を、この映画は一気に有名にするに違いない。
たった4年前にビリー・コノリーの弟役として『QUEEN VICTORIA 至上の恋』
で映画デビューを果たしたばかりの
背の高い(彼の身長は188センチ)、ハンサムなグラスゴー人にとって、
『タイムライン』は混乱し通しのここ数年の続きでしかない。
彼はもともと法律の道を歩むことを将来の目標にしていて、
グラスゴー大学を卒業するという栄誉を得たのちに、
司法実務修習生*1として仕事を始めていたのだった。
法の道から銀幕の世界へと飛び込んでから、バトラーはまずまずの
道を歩んできた。彼はかつて毎晩のようにパーティーで酒を浴びるように
飲んでいたが、今はもう一切アルコールには触れないという。
彼は全米放送TVミニシリーズ第2位に輝いた『騎馬大王アッティラ/平原の支配者』
で主役のアッティラで出演したのに続き、ドラゴンと戦う近未来ファンタジー映画
『サラマンダー』でマシュー・マコノヒーやクリスチャン・ベールらとともに
アイルランドへ行き、そして今はといえばITVのドラマ『The July』の撮影で
忙しくしている。
そのあいだに彼は他の企画にもかかわっていた。
それは何度も映画化されてきた伝統的な作品・・・ドラキュラだ。
バトラーはこの金曜に封切られる『ドラキュリア』で
ジョニー・リー・ミラー、ジャスティン・ワデルそしてクリストファー・プラマー
らと共演している。この作品はヒットが予想されてはいない。
アメリカでは『ドラキュラ2000』(訳注:イギリスでは『ドラキュラ2001』)
という題でクリスマス直前に公開されたが、興行収益はのびなやんだままで
映画館から消えた。
しかしプラスの面もある。『恋に落ちたシェイクスピア』から
『コレリ大尉のマンドリン』まで制作するミラマックスのような
映画会社で仕事をしたという経験をバトラーは得ることができたからである。
「ミラマックスが制作するような映画っていうのはやっぱり凄いね。
監督が『いいか。知り合い全員に電話してこの映画を見ろって言うんだぞ。』
なんて言ってたんだけど、全然そんな映画じゃないよ。」
ロンドンのホテルの一部屋でバトラーはそう言って笑った。
瞬きするあいだに見逃してしまうほどに、ほんの一瞬しか出番がない
『トゥモロー・ネバー・ダイ』、低予算の『ワン・モア・キス』など、
彼の出演経験がどのように発展していったか彼自身が説明していく。
現在の高予算で特殊効果満載の作品に出演できたことについては
バトラーは率直に喜んでいるようだ。
「『QUEEN VICTORIA 至上の恋』の出演のあとも僕はいくつかの
いい感じの仕事をもらったんだ。それで経験を積ませてもらったし、
自信もついたと思う。僕はいい仕事をもらってきたし、
演じる役も端役じゃなくなってきて、それが全部いい経験になってたんだけど、
それがすごい貴重なことだったなんてそのときは気づかなかったな。」
ふと思い立った彼はロサンゼルスに行くことに賭けてみることにした。
そしてそうと決まるととすぐに実行したのだ。
「不思議なくらいだった。」
彼は言う。
「僕がもらう役のどれもそうだったんだけど、
反響がびっくりするくらいなんだよ。
事務所は気をつけろって言ってたんだけどね。
だってここはLAなんだからって。
でももらった役以上のことなんてできないだろ?
タバコふかしてふんぞり返ってる連中とさ、
この役をもらえるなら全財産さし出します!なんていう奴らとの間には
違いがあるに決まってる。」
封切を控えている彼のもうひとつのハリウッド映画は『戦場のジャーナリスト』
である。
これはアンディ・マクドウェルが戦争写真家である
彼女の夫(デヴィッド・ストラタイン)
が行方不明になったとの知らせを受けて、彼を追って戦渦のユーゴスラビアに
向かうというドラマだ。
私(記者)がサン・セバスチャン映画祭でこの映画を見たときのことを話すと、
バトラーは『あれはカメラマンっていうほんの端役だったよ。』と強調した。
「でも内容はすばらしかった。僕たちはプラハとかその周辺の田舎で
あの映画を撮ってたんだ。一番すごかったのは爆撃の中逃げてるシーンかな。
僕はトラックを進めるんだけど、ついに爆撃されて僕の足は
ふき飛ばされちゃうんだよ。」
彼が映画で名声を得ることになったきっかけともいえるのが、
『騎馬大王アッティラ/平原の支配者』と『ドラキュリア』の
スケジュールが重なったことだろう。
『ドラキュリア』はニューオリンズとトロントで撮影され、
『騎馬大王アッティラ/平原の支配者』は3ヵ月半ものあいだ
リトアニアで撮影された。
「アッティラの撮影でリトアニアに発つ前の日にドラキュリアの
オーディションを受けたんだ。アッティラの撮影とかち合ったから
もう落ちるだろうって聞いてたけど、まあとにかく
受けるだけ受けておくことにした。」
バトラーは思い出す。さらに彼は何度も演じられてきた吸血モンスター
を表現する上での固定観念を携えて行ったことも思い出しているようだ。
「キャラクターをどう表現しようかっていうのは決めてたんだ。
僕はちょうどエクステンションを持ってたからそれをかぶって、
あとアッティラ用のヒゲをつけて、それからちょっとだけ
黒のアイライナーを引いたんだ。う〜ん、なんでそうしたかって言われても
わからないんだけど、とにかくそれがドラキュラだ!って思ったんだよね。
とにかくその格好で、ちょっとやりすぎくらいのパフォーマンスをしたんだ。
オーディションから帰るときに思ったよ。
『一体何だったんだ今の野郎は』って思われたか、
それともすごく気に入ってもらえたかのどっちかだ、ってね。」
もちろん制作者側にその演技は印象づけられていた。
しかしドラキュラ役には有名俳優を起用しようと考えていたミラマックス
がバトラーに出演交渉をするまで、その後3ヶ月もかかったのである。
彼はスケジュール調整をして、フン族(スコットランド俳優トミー・フラナガンも
アッティラの弟としてそれに含まれていた)の指導者という立場から、
あっという間にドラキュラへと変身したのである。
吸血鬼ノスフェラトゥの伝統的イメージであるニセモノの歯と赤いコンタクトレンズ
を常時付けていることについては不快だったそうだが、それでもバトラーは
スクリーンの上でドラキュラを作り上げていくことを楽しんだという。
「すごく力を感じたんだ。だからそこに注目した。」
彼は言う。
「キャラクターのかもし出す沈黙の力、っていうのかな。
それはアッティラで学んだことなんだけど、ドラキュラでは
もっと多く使ったんだ。」
仕事をいくつか失うかと思ったほどだ、と回顧しながら、
彼はありそうもないアッティラになってしまったことを認めた。
「だいいち、僕はアッティラには背が高すぎるんだ。
彼は鼻の低い小さな人物だったからね。」
彼は笑いながら言う。役作りのために、彼は一ヶ月のあいだ、
1日2時間、週6日訓練したという。
「本当にまじめに取り組んだんだよ。まるで体がコンピューターで
再構築されてくみたいだった。」
いざ体が鍛えられると、次は、鞍の上に住むといっても過言ではない
フン族の指導者としての新たな役作りが待っていた。
彼が告白するところによると、バトラーにはフン族の戦士になくてはならない
ある能力が欠けていたというのである。
「ずっと前だけど、馬に乗っていたときに僕は落馬してしまったんだ。
僕は二日前からカゼを引いてて、頭痛もするし本当に具合が悪かったんだ。
それにその時は酔ってた。」
この出来事はバトラーがフランスの海岸で、フランス人のガールフレンドに
乗馬を披露していたときに起きたことだった。
ゆるい駆け足ではもう十分なほど駆けたので、
早足にしようと彼が手綱を緩めたときだった。
「落ちたんだ。」
彼は記憶をたぐり寄せて言う。
「それから乗りなおして、また早足で駆け始めたけどね。
とにかく馬の首にぶらさがったんだけど、力尽きて、
頭から落ちちゃったんだ。だからこのテレビシリーズで
馬に乗らなきゃいけないって知ったとき、僕は恐怖を
克服しなきゃいけなかった。
どうだい?僕が乗馬のエキスパートじゃなかったなんて
知らなかっただろう?」
しかしそれは驚くべきことではない。
スコットランド人が成功のための固執と気力を持っているのだという
ことは十分理解できるからである。
彼が映画業界に足を踏み入れるのは多少遅かったかもしれない。
しかし、ジェラルド・バトラーはその遅れを確かに取り戻しつつある。
『ドラキュリア』はこの金曜に封切られる。
2001年6月10日
Scotland on Sunday
訳注
*1司法実務修習生(trainee lawyer)・・・弁護士の卵で法律事務所で2年間の実習を行なう。Gerryがいつ辞めたかなどは2004年8月8日の記事を見てください。
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