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TOPメディア≫2004年8月8日 Scotland on Sunday

子ども時代を父親と過ごせなかったことに対する怒り

ジェラルド・バトラーが4歳のとき、 彼の父親がペーズリーにあるバトラーの家族の家の玄関に現れた。 幼年期の自己陶酔のなか、彼はその見知らぬその人物がいかに重要な人であるかということ を理解することはできなかった。 父親の予期せぬ訪問はうすぼんやりした、実態のないような姿であったが、 のちに俳優がもし彼が自分を育ててくれていたらと考えさせるものであった。 いや、父親の訪問などは実際には起きていなかったことなのかもしれない。 もしかしたらその出来事は全て夢だったのかもしれない。
「僕はそのことについて一度も母親に聞いてみたことがないんだ。」
バトラーは30年後の今、そう語る。
「でも僕はずっと考えてた。『あれはただの想像だったのか? それとも父は本当に来ていた?』って。」

16歳の時、彼は父親の夢を見た。今度は間違いなく夢だった。 その時期彼の父親はカナダにいたが、息子の潜在意識の中には存在していたのだ。 バトラーの両親はふたりともスコットランド人だったが、バトラーが2歳のとき、 母親は3人の子どもたちと共にカナダから戻ってきていた。
「僕は母親の寝室に行ったんだ。」
彼は思い出す。
「そしてたずねた。『ママ、もうパパには会えないのかな?』 すると母親はこう言ったんだ。『ええ、そうね。会えないと思うわ。』」

バトラーは『Dear Frankie』での役作りの準備をあまり必要としなかった。 彼はそれを知っていたからだ。 まるで履き古された快適な靴に足を入れるかのように彼はそれをこなしたのだ。

これはひとりの耳の不自由な少年・フランキーと、 エミリー・モーティマーによってすばらしく演じられた彼の母親の話である。 モーティマーは本当は暴力的だったフランキーの父親から逃げてきたのだが、 息子には作り話を聞かせていた。 彼女は実在の船の名前を挙げ、父親は船乗りなのだと言う。 さらにこの空想の父親からの手紙を書き、それを郵便で送っていたのだ。 フランキー(ジャック・マケルホーン)は船の行き先を追跡していたのだが、 ついにその船が一家の住むスコットランドの街に着くとわかり、 もちろん父親が訪問するだろうと期待する。 そのためモーティマーはその日だけの父親を探すことになる。そこでバトラーの登場だ。

言うまでもなく、そのストーリーはお涙頂戴ものだ。 なによりも、どうしても父親の代役を見つけたい母親は、 相撲力士ほど胴回りのある、白雪姫の小人くらいの背の高さの男性を見つけるだろうが、 ここでは違う。バトラー演じる身長188センチの、 エルヴィスのようなレザージャケットを着こなす男性が彼女の前に現れるのだから。 ただ、もしも『Dear Frankie』のようなことが実際に起ったとしたら、 情緒的にはそういうことになるだろうという説得力はある。
「僕たちは常に感傷的な演技をすることや、過度にセンチメンタルになることは しないように気をつけていたつもりだよ。」
バトラーは言う。

だが結果的には、彼らはそのようになった。それは素晴らしいキャストによって 美しく仕上がった映画で、フランキーと母親との関係が揺れ動くものである。 ある男性の批評家はこれを『ぎゃあぎゃあうるさい七面鳥のようだ』と形容し、 その後何人かの批評家がそれに対抗して『彼らが優しい感情で演技するよりも、 首を切られた兵士か暗黒街の大量殺戮のほうがましだ。』などと言った。 だが、カンヌ映画祭の観客たちはそれほど自己顕示的ではなかった。 この映画は賞賛され、スタンディング・オベーションの嵐の中、バトラーは 彼の役者人生で、この先もこんな感情を得られるかどうかわからないほどだった。

ところでバトラーは、父親がいないということの本当の感情を理解している。
- そのことがあなたの役に求められたこと?
「もちろん。」
彼はうなづく。
「あれは自分を切り売りするような経験だったよ。 僕はフランキーの立場を理解していたから、 今までで一番簡単な仕事だったんだ。 僕は実際に彼みたいなことを感じたこともあったから、 それについて考えたくないようなこともあった。 ただ、どのシーンも僕がそうだったらいいな、っていう風になっていたよ。」

フランキーが逃げるシーンがある。 それをバトラーは自分自身の個人的な映画のように頭の中で繰り返し再生したという。 それは誰もがかつて立たされていた場所、そして誰もが感じた気持ちだ。
「時々自分の想像通りにシーンが進まないとイヤなときがあるんだ。 『彼はここに立ってて、彼はここ、彼女はここ・・・』っていうふうにね。 そこにいるんだって強く思うんだよ。 彼女がこう言うシーンは頭の中で何度も思い返した。 『フランキー、この人があなたのパパよ。』 そしてフランキーが見上げるんだ。僕をね。」
この映画の内容は彼の顔の表情に現れている。 彼は感傷的になっているように見え、 フランキーのことを言っているのか、彼自身のことを言っているのか、 わからないほどである。おそらく両方なのだろう。

「彼は子どもなんだ。自分がまだ可愛い子どもだった頃のことを 考えてみてほしい。きっと傷つきやすくて無防備だっただろう? その小さな男の子はそれを求めてなんていないんだ。 彼が一体何をしたっていうんだ? 急に『この人があなたのパパよ。』なんていう立場に追いやられて。 見上げて何か考えてる彼のことを考えてみてくれないかな。 もしきみだったら何を考える? 僕はこう考えていた頃のことを思い出した。『僕のパパはどこにいるの?』」

誤解しないでほしい、彼は静かに言った。 父親がいなかったことが、彼の人生をめちゃくちゃにしたというわけではない。 ただ彼はひとつ学んだことがある。 15歳の頃、彼は映画の世界にあこがれていた。 だがバトラーは彼が『啓示』と呼ぶものを持っていた。
「僕は、学校を優秀な成績で出て、よい専門職に就いて、 素敵な女性と結婚して、そして子どもを持ちたいと思ってたんだ。」
もし何らかの理由がなければ、15歳の少年にそのような安定した生活の夢が 浮かぶはずがない。

その結果、バトラーはグラスゴー大学で法律の勉強をはじめた。 彼は自分が本当に弁護士になりたかったのかどうかわからないという。 授業がないときは、彼はバンドで歌い、まるでロックスターのようにふるまった。 彼は父親と同じくアルコール依存症になっていた。
- アルコールだけ?
「ほとんどアルコールだけだね。ドラッグも少しやったけど。 それで暴れたりしてたんだ。ほとんどそんな感じで無茶をやってた。 そのエネルギーは制御できなかったんだ。 『ここに立ってるか、それともあの車の前に飛びだそうか。』なんていうね。 そういうギリギリのところが刺激的だったんだよ。」
- でも結局それは破綻した?
「自分を追いつめて自己嫌悪におちいったんだ。」
彼は認めた。彼は一度46階建てのビルの屋根の上の柱から柱へ飛び移ったことがある。 また朝の5時に観光船の柵にぶる下がって、酒を飲み、 『ウィー・アー・セイリング』を歌ったこともあるという。 みんな翌朝彼を厄介払いにしたがったようだ。

問題は、彼が何年ものあいだ、 実際には彼自身が望んでいない生活を過ごしていたということである。
「僕は悲惨だった。家に帰って、仕事に出なきゃいけない時間まで、 ずっと時計を見て過ごすんだ。寝られなかった。 16歳で死ぬほどのパニック発作になったことがあったんだけど、 24歳のときは死ぬほうがラクかもしれない、なんて思ったよ。」

資格*1を得ることができる前の週に、彼は法律事務所を解雇された。
「前々から警告を受けていたんだ…それに…」
彼は少し間をおく。
「僕は行動規範を守れるような人間じゃなかったし、誠実さにも欠けてた。」
そのように解雇されたというのはまるで、 僕はこれをしたくない、でもそれが言えないのならクビにしてください、という 熟考した上の破壊行為のようだ。
「たぶん。」
彼は言う。
「ああ、間違いないね。僕はすごく歴史のあるエディンバラの法律事務所の 弁護士だっていうフリをしてきたんだけど、 かろうじて食事をかきまぜることができるような船の上の小さなグラスゴーの少年が、 クライアントを扱わなきゃいけないのはもちろん、 複雑な法的な仕事もしている、っていうような気分だったんだ。」

しかしこれら全ての悲惨な出来事によって、彼は見えない力で『導かれて』いる と感じた。このことによって彼は別の道に進むことができるようになったからである。
「一度ある男性がこう言ったのを聞いたことがあるんだ。 『死ぬその日まで自分の人生を後悔することができない、 なぜなら人生の結果がわかるのはその時だけだからだ。』 クビにされた日は僕の人生の中で一番最悪の日だけど、今はこう思える。 『もしそうなってなかったら、僕はどこにいるだろう?僕は生きてるだろうか?』ってね。」

訳注

*1資格・・・ Gerryは司法実務修習生(trainee lawyer)だったので、 法律事務所で2年間の実習を行なわないと弁護士資格が取れないのです。 正確にはGerryは弁護士だったことはないっていうことみたいです。
解雇されてから、彼は俳優としての道を進むためにロンドンに移り、 『コリオラヌス』の端役からはじめた。
「僕はその数年間勉強して、スターをめざしはじめたんだ。」
- 母親は怒った?
「もちろんさ。」
彼はすぐに答える。
「でも僕はもっと悲しかったかな。 どうしたらいいのかわからない段階まで母親を追いやってしまったみたいで。 僕がロンドンに来たときに彼女が送ってくれた手紙を忘れることができないんだ。 それを書くのが彼女にとってどれだけ辛いことだったかは想像がつくよ。 彼女はただこう書いてた。 『あなたが自分の人生で何をしようと、あなたが幸せなら私はかまいません。』 僕たちの仲は常に波風立っている状態だったんだ。 彼女は僕を怒らせて、僕のほうも彼女をすごく怒らせてきたし、 今だってそうだと思う。 でも彼女のためでなかったら今僕はここにいなかっただろうし、 彼女のためでなかったら今の僕にはならなかっただろうね。」

バトラーはもう酒は飲んでいない。しかし彼は習慣性を持っている。 というのも彼は日に60本のたばこを吸っているからである。 彼はインタビューの後日から26回目の禁煙にチャレンジすることを約束した。 演技をすることもそうである。彼は夢中になっている。
「僕はすごく習慣的な性質を持ってるんだけど、 不運にも僕は仕事に夢中になってしまったんだ。 演じることはすごく好きだよ。すごくすばらしいことだと思う。 でもそれで問題が解決したわけじゃないよね。」

俳優として彼はたくさんの人々に囲まれている。 しかしそれは多くの場合、新しい人々と新しいセットに囲まれたものである。 関係を続けるのは難しい。バトラーには彼によく似た友人がいる。 彼らはロマンティックな映画で泣き、ロマンティックな理想を持っている。 だが彼らの実際の生活はとんでもない。
「もし僕の前の彼女がこれを読んだら 『やだ、まだそんなこと言ってるの。』って思うに違いないよ。」
バトラーは笑う。 しかし彼もいつかは父親になりたいという。
「それって絶対にこう思う瞬間があるだろうからね。 『ああ、子どもを持つってなんてすばらしいことなんだ。』って。」

『父親』という単語を聞いて何を感じるかと質問をすると、 彼はまるで自分の考えを優しく共に出すように、ゆっくり深く息を吐き出した。 長い間があった。
「僕は…そうだな…『父親』っていう概念は持ってるよ。でも言葉にするとなると ちょっとむずかしいな。父親の役割みたいなのをそろそろ書きはじめたいんだよね? でも僕は一度も本当の父親にはそういう感覚を持ったことがないんだ。 僕にはすばらしい継父がいたけど、本当の父親にはそういうことは感じたことがないな。 『父親』っていう言葉を聞くとなんかこう…思うんだけど、うん確かに何か思うんだけど、 でもそれが何なのかわからないんだ…なんていうかこう…胸が苦しくなるみたいな?」
彼の語尾はまるで質問のように上がった。

父親の夢を見た5週間後、16歳のバトラーが家に帰ってくると、 のちに彼の新しいパパになる母親の男友達が待っていた。
「ジャケットを着たままでいて。」
彼はそう言った。
「君のお父さんが来てるんだ。」
彼らはレストランで会うことになり、 バトラーは何人もの見知らぬ人たちのテーブルのそばを進みながら、 どの顔が知っている顔なのだろう、と思っていた。
「僕は月並みなセリフを言ってしまったよ。 『どの人が僕のパパ?』なんてね。」

その言葉はその場では適当ではなかった。
「僕は考えてた。 『何を言ってるんだ?僕の前にいるこの人が僕の父親じゃないか。』 座るまでね。それから僕は言ったんだ。 『なんで会おうとしなかったの?』」
バトラーはそれから父親のいなかった年月のことを思って、数時間も泣いたという。
「止められなかった。かろうじてしゃべれる程度だったよ。いつもその時のことを 思い出して考えるんだ。『あの感情はどこからきたものなんだろう?』 だって僕は『なんで会おうとしなかったの?』なんて言葉が出てくるまで そんな想いがあることも知らなかったんだ。 それは苦痛と怒りの混ざった感情だったな。でも安心と喜びでもあって、 それから…そう、驚きっていう表現がいいかもね。 驚きっていう以上の形容詞はないよ。」
彼は笑う。
「うわー!この人が僕の父親かー!って感じだね。」


それは特別な関係の始まりだったが、父親を持つという可能性はなくなった。
「なんか友達を持つって感じなんだ。それもおかしなヤツ。」
彼の父親はまあたらしい傘や帽子を売る店のオーナーだった。
「僕の父親はクレージーだったよ。彼はとても面白くって、 話し上手で、ジョークも最高だったし、大きな子どもみたいだった。 父親と一緒に子ども時代を過ごせなかったことに怒りを持っていたんだ、っていうことに 僕は気づかされたわけだけど、いざ彼に会って彼のことを知っていくうちに、 彼は彼なりにベストを尽くしていたんだっていうことがわかったんだ。 彼は本当に無責任な人間だったけど、別に悪い心を持っていたわけじゃない。 彼にはある意味幼稚なところがあったけど、善人だったと思う。 会うことができて本当によかったと思うよ。」

しかしながら不幸は続いた。 彼の父親は金を買うためにアフリカに行ったが、銅を掴まされ、 最終的にはマラリアで病院に入院してしまったのである。 バトラーが彼を助けに行くはずだったのだが、 フランス系カナダ人である父親の後妻が行くと言い出したのである。
「ワタシが行くわ。」
バトラーがフランスのアクセントを使って言う。
「ワタシはフランス人よ。バカにしないでちょうだい。」
彼女は脚の骨を折って結局夫の隣のベッドに収容されることになった。
「彼らはトーゴランドまで行って7万ドルの銅を手にしただけ、 しかもビジネスパートナーと大ゲンカして結局見捨てられたんだ。 彼らは銅を持って帰ったけど、前以上に価値は下がってしまってたね。」

バトラーが23歳になる頃、彼の父親は癌になった。
「彼は自分がもうじき死ぬのだと僕に言って、 『カリブ海にクルーズに行こう』ってよく言ってたな。」
その後、バトラーはカナダの父親の家で彼の最後の数週間を共に過ごした。
「彼の最期の時そこに居られて本当によかったと思ってるよ。」
彼は言う。
「最期の時、僕は彼の恐れを感じてた。 だから僕がそこに居たことが彼にとってどれだけ重要だったか、 すごくよくわかった。彼はほとんど昏睡状態で、たまに数分だけ意識が戻るんだ。 そして意識が戻った時に、彼はもうじき自分が死ぬんだってことを感じるんだよ。 彼は僕たちの手を握って言うんだ。 『おまえたちがここに居てくれて本当に嬉しかったよ。』 僕のほうこそ、そこに居られてよかったと思った。」

父親の最後の数週間で、彼は父親に対する尊敬の念を強く持った。 意識を失い始める前に、彼の父親は笑いながらジョークを飛ばしていた。
「彼の白鳥の歌は最高だったよ。 それから彼は勇敢な顔で亡くなった。 もし僕に同じことが降りかかったら、 彼みたいな勇敢さを持ち続けていられたらいいな、と思うよ。 ずっとユーモアを持ち続けるっていう勇敢さをね。」

彼の父親は息子の俳優としての活躍を見ずに亡くなった。 バトラーは『トゥームレイダー2』にアンジェリーナ・ジョリーの相手役として 出演し、成功した。だが、今こそが彼にとって重大な時なのである。 彼は12月に公開される映画版『オペラ座の怪人』で主役を得て、 スターの頂点にのし上がろうとしているのだ。 その役は身体的にも精神的にも消耗することだったという。
「ファントムは狂気や心痛を感じ、喪失感を覚えて悲劇へと落ちていくんだ。 最後のほうで僕が醜い姿を見せるところでは、 僕は朝の3時半に起きて5〜6時間特殊メイクに時間をかけてたんだ。 それから僕は泣いて、悲鳴を上げて、叫んで、 結局ベッドに入れるのは夜10時。しかも眠れないんだ。」

- 結果はどうだった?
「まだ全部見ていないんだ。でも最善を尽くしたつもりだよ。 今まで出たどの映画よりもエキサイトしたね。 関わった誰もが、強くて確かな自信を持っていると思う。 僕は10分のプレビューを見たんだけど、 それをみたら体中がうずいて、涙が出るのを止められなかった。」

- その役があなたの人生を変えるかもしれないことに対する恐れは?
「恐れはある。でもエキサイティングでもあるよ。」
しかし彼は演じることだけが全てではないということをすでに知っている。
「僕は経歴、なんていうものが決して僕を幸せになんかできないんだっていうことを、 経験上わかるし、予見できる。 それはキズを覆い隠して、僕に大きな達成感を与えるかもしれない。 でも経歴なんて精神的なものじゃないんだから、完全に僕を満たすことなんてできないんだ。 いや、そうなってしまうのが怖いのかもね。 幸せを将来の出来事に基づいて考えて、自分自身を納得させることがよくあるだろう? 『もしこの役がもらえれば、すべてうまくいくはずだ。』みたいなね。」

「『酒をやめたら幸せになれるだろう』と思った時もあった。 でも違った。酒をやめて前よりは幸せになったけど、100%幸せにはなれなかった。 あと、俳優の仕事が軌道に乗ってきたら幸せになれるだろうと思っていたけど、違ったんだ。 そのことは僕をすごく幸せにしたけど、100%ってわけじゃないんだ。」

彼はかつてよりはるかに幸せになったという。 しかしその幸せの輪は完全な円ではないらしい。 『Dear Frankie』の最後で、バトラーとモーティマーと子どもの将来的な関係の 可能性がほのめかされる。 それはバトラーの身の回りではないことなのだろうか?
「もし僕が恋に落ちてすばらしい関係を築いて、家族を持っていたとしたら、 こう言っただろうね。『そうそう、こんな感じだよ。』って。 でもそういうことを言える人がどれだけいるだろう? いや、もしそう言えるのだとしたら、それはすばらしい関係なんだと思うよ。」
彼は笑う。
「この映画がヒットを飛ばして、 僕の家族が永遠に生きるんだったら、僕は幸せになれるかもね!」

『Dear Frankie』は8月の27日と28日にエディンバラ国際映画祭の一部として 上映される。

2004年8月8日
Scotland on Sunday

インタビュアー/ライター:キャサリン・デヴェニー

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